ハルヒ劇場冬コミ編
いよいよ本番だ。ハルヒと俺は、コミケ会場の地に始発で乗り込んだのだが……
一般入場待機場とやらに着くと、まだ真っ暗な真冬の早朝からそりゃもう大変なことになっていた!
一番乗りなはずが、すでに結構な人が列を成しているのは、一体どういうことだ?
キョン「長門が『始発で並んで十分』と言っていたよな。しかし俺には何がどう十分なのかわからんほど人が居るんだが」
ハルヒ「思ったより多いわね」
キョン「お前は通行証持ってるんだから、朝比奈さんたちと後から来りゃよかったんじゃないか? 何もわざわざこんな寒い中並ぶこたぁ無いだろ」
ハルヒ「ふふん、団員の心配をするのは団長の務めなのよ。あんた一人にしとくと、この中で埋もれて身動き取れなくなっちゃうでしょ」
はいはい、それはありがたいことで。
などといつものハルヒ節に適当に生返事を返しつつ、列の最後尾を見つけてその後ろに加わった。
会場のビッグサイトとやらには、さらに階段を登って陸橋を渡ったその向うの入り口から入るらしい。そこまでこの縦列が続いているのか!? しかもまだまだ後ろに増えそうだし。
ハルヒ「ところでキョン、
防寒対策はしてきた?
冬の海はなめたら死ぬわよ」
キョン「まぁそれなりに厚着はしてきたが、
確かに死人が出てもおかしくない寒さだな」
冬の海ってなんだよ。確かに有明、俗に東京ビッグサイトは海に面した埋立地なのだが。
先立つ俺のために朝比奈さんが巻いてくれた暖かーいマフラーが非常に有り難い。
ハルヒ「はい、使い捨てカイロ。これくらいは持ってきときなさいよ」
キョン「おっ、サンキュー」
しばらく待っている内に大晦日の朝日が昇り出し、向こうに見えるピラミッドを逆さまにしたような建物の姿が露わになってきた。あれがビッグサイトの象徴らしい。
海辺にそびえ立つ幾何学的巨大建築物は、何かの秘密基地みたいに見えなくもない。
しかし、日が昇れば少しは暖かくなるかと思いきや、寒さは大して変わらなかった。これだけの人数が皆よくこんな中で並んでるな、まったくご苦労なことで。
キョン「これだけ寒いとカイロも役に立たねえな。揉んでも全然ダメだ。……って何で俺の手を握るんだっ?!」
ハルヒ「こんな冷たい手でカイロがあったまる訳無いじゃない。化合には熱が必要って中学で習ったでしょ。体温が伝わるように腰に当てておくとかしなさいよ」
キョン「あーわかったわかった、
だから手を離せ」
ピロピロピロ ピロピロピロ
キョン「もしもし? あ、どうもどうも。
え、ああ、大丈夫ですよおかげ様で。
朝比奈さんの方は大丈夫ですか?」
ハルヒ「ちょっと、なんであんたの携帯の方に連絡行くのよ。携帯貸しなさいっ!
もしもしみくるちゃん、どうしてあたしのじゃ
なくてキョンの携帯に連絡入れるわけ?
え?繋がらない? もう、何よそれっ! それじゃ今からサークル入場口の前で合流っ、
すぐ来なさいっ!」
キョン「これだけ見晴らしのいい場所で、
携帯が繋がらんなんてあるのか?」
ハルヒ「はい携帯。じゃ先に行くわ。まっすぐスペースに来なさいよキョン。
遅くなったら死刑だからっ!」
キョン「また死刑になるのか、やれやれ……」
第6話
日が昇ってからは気温も上がっていき、寒さも多少はマシになってきた。
多少だけどな。日の当たる部分は暖かいが、風は相変わらず容赦なく体温を奪っていきやがる。
何度か列の移動があり会場との距離が徐々に近づいてきた。遠くに見えていた逆ピラミッドだが、その真下まで来た時にはあまりの大きさに軽く驚いたね。
しかしだ。もっと驚いたのは、振り返えればそこにいる参加者の多さだ。本当にこの人数を収容できるのか、ここは?
開場のアナウンスと共に、人の塊はバッファローの群れのごとく足音を響かせて動き始めた。
そんな人波の濁流に流されそうになりながらも、俺はなんとか無事会場の中に入ることができた。
しかし、思ったより早く入れたな。確かにこれなら徹夜で並ぶことはないかもしれん。
キョン「でサークルの場所は
この辺だよな……へ?」
長門「……」
キョン「えーと、長門さん。
いったい何をやってるんですか?」
長門「列整理」
キョン「するってーと何か、この列はハルヒのところに並んでるのか?」
長門「……早く行って」
キョン「あ、ああ、分かった」
俺を促す長門の目はいつもより温度が低いように思えた。
怒っているという訳ではなさそうだが、なんだろう。焦りみたいなものを感じながらスペースの机に向かうと、ハルヒの怒号が飛んできた。
ハルヒ「遅いっ、罰金っ!」
キョン「無茶言うな、今の時間に入れただけ奇跡的に早いって」
ハルヒ「それじゃ売り子の交代ね。キョンとみくるちゃん交代。で、みくるちゃんは有希と代わってきてあげなさい」
みくる「そそそそんなぁ、この格好で通路に立つんですか」
ハルヒ「いいじゃない、目立つから効果抜群よ。ほら、有希が代わって欲しそうにこっち見てるわよ」
長門「……」
みくる「ふええぇ……わ、わかりましたぁ……」
キョン「確かに三人で回すのはちょっとつらいかもな。それで俺が外に並ばされた訳か。
やれやれ」
ハルヒ「しかたないでしょ。あたしとみくるちゃんは前もって着替えないといけないし。だからって有希を一人で寒空の下に並ばせちゃかわいそうと思わない?」
キョン「……無感情に見えるだけで、
やはりあいつにもあるのだろうか。
一人で並ぶのは寂しい、と思うことが」
ハルヒ「何ぶつぶつ言ってんのよ。あたしたちにばかり働かせてないでさっさと売り子しなさい。まったく、ヒラの団員が率先して働かないでどうすんのよ」
第7話
ハルヒ「ありがとうございましたー。やったわキョン、完売よ完売っ! あたしたちが本気を出せばこんなもんよ」
誰がどう本気を出したのか知らんが、まぁ完売はめでたいことだ。
人波に机を押され押し返しながら本を売ること小一時間。あれよあれよとしている間に、xxの毛までむしり取られた気分だ。
これがオタクパワーというものか、恐ろしい……。
キョン「ところでどんな内容の本だったんだ? 中を見る間もなく売ってたからな」
ハルヒ「知らない。有希が作った本だし。
全部売っちゃったし」
キョン「おいおい。じゃぁ長門……って、あれ? どこいったんだ、あいつ、トイレか?」
みくる「えっと、長門さんなら本を買いに出かけてます。あたしと交代した後すぐに……」
キョン「はい?」
ハルヒ「そもそもコミケに申し込んでたの、有希だからね。あたしたちが便乗したようなもんだから、別にいいんじゃない?」
キョン「なんだって?」
本好きここに極まれり……なのか? いや、なんか違うだろ。 そういや、いないといえば朝倉もいない。
昨夜必死に作ったあのコピー誌は、いったいどこへいったんだ?
ハルヒ「朝倉は朝倉で、別にスペースがあるんだって。コピー誌はそっちで売る分らしいわよ」
キョン「別のスペース?」
.
ハルヒ「よく覚えてないけど、スペース番号の記号が違ってたからずいぶん遠い場所なんじゃない?」
「お兄ちゃーん」
改めて配置図を見てみると、アルファベット、カタカナ、ひらがなの記号がある。
遠い、遠すぎる……。いや、はなから朝倉のスペースに行く気は無いんだが。
「お兄ちゃーんっ!」
……徹夜明けで疲れているせいか? 最近妹にも言われなくなって久しい耳慣れない呼びかけが聞こえてくるのだが。
朝倉「お兄ちゃん、可憐のこと、
忘れちゃったの!?」
キョン「ちょっ、おまっ。何だその恰好は?!
別の意味でナイフよりシャレになってないぞ朝倉」
朝倉「可憐は、お兄ちゃんのことだけを、
ずっと想っているのに……」
想わんでいい。ノーサンキューだっ。ましてきっぱり忘れてくれ。
山根「あのー、写真いいでぃすかー?」
朝倉「あ、はいはい。でもここだとダメみたいだから移動しましょう。
ちょっと待っててねお兄ちゃん」
確かに、たまにでいいから誰かお兄ちゃんと呼んでくれ、と思ったことはあった。
だがしかし、それは相手によりけりだということが今はっきり分かった。
ハルヒ「……あんた、実は
妹萌えだったの?」
ハルヒの冷ややかな視線が突き刺さる……勘弁してくれよ朝倉ぁ。
そもそも妹ばかり十二人もいるわけがねぇ。
そんなにぽんぽん妹増えても大変だろうに。まあ家庭事情というやつだろうから、あえてツッこもうとも思わないが。
長門「……来世で」
キョン「長門、いつの間に……
っていうかお前まで……」
と思ったのも一瞬だった。よく見れば売り子を変わる前に見た恰好のままだ。
立て続けに起こった異常事態に、俺もとうとう幻覚まで見るようになっちまったか。
いや、今のは本当に幻覚だったのか?
そういえば、文化祭の時以上に怪しい格好の奴らがそこかしこにいやがる。おいおい。いったいどうなってるんだこの場所は……。
長門「ここはこれで普通」
そうか? そうなのか?!
それにしたってあの朝倉の萌……いや、はしゃぎぶりはいくらなんでもどうかしている。
再構成の時に変なデンパも一緒に取り込んじまったとしか思えん。
長門「このヲタスカウターによると、
朝倉の戦闘数値は……一万……二万……二万一千……」
長門「(ポンッ!)」
キョン「ぅおっ」
長門「……。
大丈夫、私がさせない」
何をだよ。
……それになんだ、その意味深な三点リーダーは。
第8話
古泉「やあどうも、お疲れ様です」
キョン「なんだお前、
その真っ赤なマフラーは」
古泉「似合いませんか? これはこれで初日には結構な人気があったのですが」
みくる「えーっと、
初日は女の子向けの日みたいですね、
カタログを見ていると」
そうなんですか。今の状況を見ていると、女の子がこの会場にあふれかえっている図など思いもつきませんよ、朝比奈さん。
古泉「おや、本は完売ですか。
素晴らしい成果ですね」
ハルヒ「でしょでしょ。これでSOS団の名前が知れ渡るわよ!」
キョン「俺はあんまり知れ渡って欲しくは無いがな。出来れば無かったことにして欲しいくらいだ。ところで古泉、お前もう少し早く来やがれ。そうすりゃ俺がこんなに苦労せずにすんだんだ」
古泉「申し訳ありません。実は昨夜から急遽バイトが入りまして。内容は軽かったのですが、それで出遅れてしまったんですよ」
ハルヒ「大変ね、古泉くんも」
.
古泉「と言う訳で、昨日夜から今朝にかけて、涼宮さんに何かありましたか? いえ、この一帯に閉鎖空間が発生しましてね。まさにビッグサイトの存亡の危機だったのですよ」
だから俺に顔を近づけるな。
しかしそりゃ、使徒の来襲かゴ○ラ上陸か。特撮映画並に面白い映像になったんじゃないか?
ハルヒ「さ、それじゃ行きましょみくるちゃん」
みくる「どどどどどこへですか?」
ハルヒ「決まってるじゃない。コスプレ達が集まって撮影会をするスペースがあるんだって。みくるちゃんいよいよデビューよ!」
みくる「ひぇぇぇ」
ハルヒ「はい。キョンはカメラマン。古泉くんはここの荷物番よろしくね」
そういってハルヒは俺にデジカメを押しつけやがった。
さすがに古泉も、苦笑まじりでやれやれのポーズを見せる。来てすぐに置いてきぼりか、可哀相に。
そんな訳で俺とハルヒと朝比奈さんは、西館へ移動を開始した。
案内図を見ると、俺たちの居た東館からそれほど時間のかからない距離に見えたのだが。
しかしだ。会場内を歩くだけで人ゴミに阻まれたり人波に右往左往するハメになり、意外と時間がかかってしまった。
西館へ到着後はサークルスペースには入らずに、一階から一気に四階まで昇るエスカレーターに乗ってコスプレ広場とやらへと向かう。
ハルヒ「すっごい長いエスカレーターね。このまま天国まで行けるんじゃないかしら♪」
キョン「天国へとつづく階段ねぇ……」
.
あろうことかハルヒは 帰って来たヨッパライなんぞ口ずさんでやがる、それも早回しテンポでだ。縁起でもねぇ。
このエスカレーターは登りのみの一方通行だ。ちゃんと帰ってこれるんだろうな……。
第9話
俗にコスプレ広場と呼ばれている、西館四階の外にある屋上展示場。
どこぞの仮面舞踏会もびっくりの原色バリバリな衣装に身を包みんだ、アニメから飛び出したかと見紛うようなキャラクターがそこいら中で決めポーズを披露していた。
ここは火星か? ようこそ火星に!
あの衣装よくできわねぇ、なんてハルヒは感心しちゃいるが……本物じゃないだろうな。
みくる「はわわわ」
ハルヒ「さぁさぁ寄ってらっしゃい
見てらっしゃい!」
みくる「ふにゃあああ」
ハルヒ「ほらみくるちゃん。そんなことじゃ
立派な巫女さんにはなれないわよ!
あ、それともいつものメイドの方がいい?
でもそれじゃみんな見慣れて
新鮮味が薄れるのよねー」
俺的には、いつものメイドさんでもう十分なのだが。
新たなレパートリーの巫女服で立ち回って晒しものになる朝比奈さんには同情してしまうが、ハルヒと朝比奈さん二人並んでの巫女さん姿は、なんていうか……ご利益抜群だ。
カメラ小僧どもが群がる群がる。
一斉にフラッシュが焚かれ、恥ずかしそうに身をすくめる朝比奈さんと、隣でVサインのハルヒ……ってちっとも巫女らしくないのは如何なものか。
ア○ズレ女と叫びたくなる天狗の気持ちがよくわかるね。
しかしこの年の瀬の寒空の下、巫女服じゃ寒かろうに。
もちろんバニーなど論外だっ!
いつぞやの着ぐるみカエルなら、まだ寒さもしのげるだろうが……風船を配ってもカメラ小僧は喜ばんだろうな。
コスプレするのも楽じゃないね。それでも好きだからやってるんだから本人たちは楽しいのだろう。
俺は見てる側で充分だ、コスプレも同人誌もな。
おや? 向こうの人だかりは……あ、朝倉っ!
朝倉「オーホッホ。
みんな私の前に跪いて
靴を舐めるです!」
山根「はい〜踏んづけて下さって
幸せですぅー」
朝倉「……ちょっと気持ち悪いですのよ」
待て待て待てっ。それ以上は色々とヤバイだろっ。条例とかに引っかかる前にやめておけ朝倉。
朝倉「キシシシ、そこの人間、
おとといきやがれです〜」
ハルヒ「キョン、あんたまさか……
その歳でお人形さんごっこ……」
違うっ、断じて違う!
何が悲しくてお人形さんを最後の一人になるまで競わせなければならんのか。
ほのぼのとままごとしたり、犬探偵でも観ていてほしいもんだ。
いや、そうじゃなくてだな。
ハルヒ「お茶が切れたわ。キョン買って来て。けっこう冷えるんだからあったかいやつね」
……俺をパシリか下僕くらいにしか思ってねぇヤツならここにいるが。
第10話
→Next story
1
/
2
/
3
/
4
/
4.5
/
5
/
6
/
7
/
8
/
9
/
10
/
11
/
clapress